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「表現の不自由」映画界に余波
2019年11月1日(金)北海道新聞朝刊
「表現の不自由」映画界に余波
「社会との対話続ける」
国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」を巡り、文化庁が助成金を取り消した問題の余波が消えない。映画界でも助成金の不交付や上映中止といった表現活動を制約する動きが広がる。社会を映す映画は、権力に抵抗してきた一面も持つ。表現の自由を守ろうとする映画人たちの試みはまだ始まったばかりだ。(岡高史)
10月23日夜、東京・下北沢で開かれたNPO法人「独立映画鍋」(東京)の緊急集会。新作「真実」のプロモーションなどで多忙な是枝裕和監督も会場に駆けつけた。
「公益とは公共の福祉、社会を豊かにするもの。しかし文化庁が言う公益は自民党改憲草案の『公の秩序』『国益』と同義だ」
ネット上に中傷
2018年のカンヌ国際映画祭最高賞に輝いた是枝監督の「万引き家族」は文化庁から2千万円の助成を受けた。万引で生計を立てる家族を描いた作品に対し、「国の金で日本の恥部を宣伝する反日映画」といった中傷がネット上にあふれた。それだけに是枝監督の危機感は強い。「一般の人も、税金は国益のために使われるべきだと思っている。多様であるはずの価値観が国益というものに一元化されている」
12年に発足した独立映画鍋はシンポジウムの開催、助成金制度や資金調達方法の紹介、映画教育などに取り組んでいる。共同代表を務める深田晃司監督も過去の経験が忘れられない。
原発が同時多発テロに遭う設定の自作「さようなら」(15年公開)を企画中、制作協力に関心を寄せていた大手企業が手を引いた。その際、担当社員はこう言った。「私たちは経産省のクールジャパン事業をはじめ政府の仕事をしている。(国側に)反原発と思われた困るんです」
「国を批判」は敵
一般的に映画制作には数千万から億単位の予算が必要となる。論争的なテーマを扱う場合、上映が危ぶまれれば、スポンサーは二の足を踏む。「さようなら」のケースを踏まえ、深田監督の懸念は深まるばかりだ。「あいちの一件で、たがが外れた。国を批判する表現は敵だということだ。これで作り手の自主規制は進んでいく」
疑心暗鬼も広がっている。ドキュメンタリーを得意とする稲塚秀孝監督(苫小牧出身)は過去10作中、原爆被害者や俳優仲代達矢さんを追った6作で文化庁の助成を受けている。自衛隊の違憲性が裁判で争われた「恵庭事件」が題材の「憲法を武器として 恵庭事件 知られざる50年目の真実」(17年)でも申請したが、受けられなかった。稲塚監督にも本当の理由は分からないままだ。
18年の国内映画興行収入2225億円の8割は東宝、東映、松竹など大手映画会社が占める。今後、資本力のある大手の大作や「表現を自主規制した」作品だけになっていくのか。
「そういう流れが映画をつまらなくしている。作り手が自主規制するようでは表現の終わりだ」。東京都内の事務所で、豊田利晃監督は力を込めた。「青い春」「空中庭園」…。人間の苦悩や欲望をえぐる作品でヒットを連発するが、文化庁の助成金は一度も得られなかった。将棋がテーマの「泣き虫しょったんの奇跡」もだめだったという。「よっぽどお上に嫌われているんでしょうね」
今年9月から上映中の短編時代劇「狼煙が呼ぶ」は自身の体験に着想を得た。4月、自宅に祖父の遺品の拳銃を持っていた銃刀法違反の疑いで逮捕され、後に不起訴となった。その一件を映画に反映させ、表現を自粛しない意思を示したという。豊田監督は「世間の空気を気にせず、映画を通して変化を起こしたい」。
表現への制約が広がる状況に、作家たちも手をこまねいているわけではない。是枝監督は独立映画鍋の集会で「助成金を(鑑賞料金に充てるなど)映画を観る側の環境整備に使う発想も大事だ」と提案した。
読み解く力養う
独立映画鍋も10月から、都立高8校で映画を使うメディアリテラシーの授業を始めた。狙いは生徒が映像を読み解く力を養い、多様な価値観を理解すること。11月4日には日中仏の映画関係者による文化庁主催の映画シンポジウム「国際共同製作の今を語る」にも協力する。パネリストを務める深田監督は強調した。
「民主主義は、マイノリティーの苦しみなど多様な価値観が目に見える形になっていることが重要。映画をはじめ芸術文化はそれらを描くのに適している。そうした公益性を伝え、理解を得るためにも、行政や社会との対話を続けていく」
助成金不交付や上映中止相次ぐ
映画への助成金が不交付になったり、作品の上映が中止されたりするケースは各地で相次いでいる。
映画「宮本から君へ」(真利子哲也監督)を巡っては、文部科学省所管の日本芸術文化振興会から助成金1千万円の交付を取り消していたことが10月明らかになった。出演したピエール瀧さんが麻薬取締法違反容疑で逮捕され、有罪となった後で同振興会はその理由について、「国が薬物を容認しているかのような誤ったメッセージを与える恐れがある」と説明する。
10月27日に川崎市で開幕した「KAWASAKIしんゆり映画祭」でも、従軍慰安婦問題を扱ったドキュメンタリー映画「主戦場」の上映が中止された。配給会社によると、共催する同市は映画上映を巡って係争が起きる可能性を危惧したという。これに抗議し、同映画祭での2作品の上映を取りやめた若松プロの白石和彌監督(旭川出身)は共同声明で「川崎市の懸念は公権力による介入であり、上映中止の判断も過度な忖度により、表現の自由を殺す行為に他ならない」と訴える。
また、大阪・西成区の日雇い労働者らを描いた太田信吾監督の「解放区」(14年)は行政による事実上の検閲を受けたという。この作品は大阪市の助成を受けたが、覚醒剤を使う描写などに問題があるとして市から10ヶ所以上の修正を求められた。大田監督は助成金60万円を全額返還し、今年まで劇場公開が見送られてきた。