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文化の多様性 消さぬために
2017年10月12日 朝日新聞
【道しるべ】外岡秀俊
文化の多様性 消さぬために
_この夏、近所の小さな本屋さんから電話が入った。近く店を畳むので、購読雑誌の最後の号を取りにきてほしい、という。
_「体を壊して、続ける自信がなくなったものですから」
_中学の頃から通う店のご主人が、そう言って頭を下げた。こちらこそ、申し訳ない気持ちだ。街の本屋さんは、全国で1万2500店余り。17年前に比べて4割以上減った。よくここまでがんばって下さったと思う。
_だが一時は次々にできた大型書店すら、東京でも地方都市でも店を畳みつつある。大型量販店やスーパーが駅前や郊外に店を構え、街の商店街が寂れた。少子化でその大型店が撤収すると、住民は「買い物難民」になる。それと、どこか似ている。
_「便利さ」や「効率」を追い求め、ありがたがっているうちに、選択の道はかえって狭まる。
_ふと吉幾三さんが歌った「俺ら東京さ行ぐだ」を思い出した。身の回りで雑誌も買えないと嘆く1980年代の歌だ。そういえば、こんな一節もあった。「薬屋無ェ 映画も無ェ たまに来るのは紙芝居」。そう、「街の映画館」も、街から消えていった。
_今年25周年の札幌の「シアターキノ」は、衰えつつある北の映画文化の防波堤だ。スクリーン二つ、計163席だが、年間の公開本数は180本。今年は200本になりそうだ。この数字がいかに大きいか。中島洋代表(67)に聞いて驚いた。
_「東京で公開される劇場映画は年に約1200本。札幌だとその半分の600本でしょうか」
_つまり、札幌で公開される映画の3分の1を、キノが背負っている計算だ。今世紀に入り、全国各地にシネマコンプレックスができた。便利にはなったが、全国一律の編成で、CGを多用した若者向けが多い。文化が荒廃しないためには、私たちにつながる「出口」の多様性が大切だ。映画でその底支えをしているのは、全国に50~60軒ある独立系のミニシアターだろう。
_神戸出身の中島さんは20代から映画や演劇好きが出入りする飲み屋「エルフィンランド」を経営。その後も「駅裏8号倉庫」や「イメージ・ガリレオ」など、文化発信の場を設けた。妻ひろみさん(63)と行き着いたのが、市民出資型のキノだ。
_シネコンの台頭で一時は業績が低迷した。救ったのは中高年ファンの「映画回帰」だ。映像の「デジタル化」も追い風になった。制作費が下がって作品数が増える一方、プログラムを自由に組めるようになったからだ。業績は回復基調に乗った。
_夫妻は、キノでも監督ら映画関係者と語り合う催しを続けてきた。壁いっぱいを埋める監督や俳優らの自筆が、夫妻の目指す「文化の交差点」のにぎわいを伝える。将来の目標を尋ねると、中島さんはきっぱり答えた。「とにかく、潰さないこと。文化に大切なのは、何よりも多様性ですから」
(ジャーナリスト・作家)