北海道新聞2008年6月11日夕刊より転載
橋口亮輔監督
日本人はいつの間にこんな姿になったのか
法廷画家主人公に 意識の変遷、社会の空気凝視
法廷画家とうつ病の妻という一風変わった2人の姿を通じ、日本人の意識の変遷や社会にまん延する空気を凝視した映画「ぐるりのこと。」(橋口亮輔監督)が21日(土)公開される。「いつの間に日本人はこんな姿になってしまったのか」という橋口監督の素朴な義憤が根底に流れている。
(山本孝人)
法廷画家として働き始めた主人公カナオは、妻・翔子との日常生活と裁判所を行き来する。橋口監督は法廷画家に取材を重ね、その視点に興味をひかれた。「被告のうなじがきれいだとか、あのきれいな指先が人を殺したんだとディテールを観察している。本質につながる何かを見ている」。見ているだけだが、具体的に分からなくても何かを感じて心が揺らいだりしている観察者の立場だ。
「異常な人が異常なことをやって法廷にいると見てしまう事件も、実は日常からそのままぐるっとつながっています」。多くの人が自分とは関係ないと思いがちな事件や裁判が、身の回りから地続きであることを描くために法廷画家の視点が好都合だった。
「いやだねと言いながら事件のニュースを見ているうち、必ず影響を受けています」。薄皮のように影響が積み重なり、この十年ほどで日本人のメンタリティーは大きく変わったと感じている。2004年にイラクで人質にとられた三人の日本人が成田に帰国したとき、「自業自得」と書いた紙を持ってへらへらしている若い女性をテレビで見てショックを受けた。「なんでこんなに笑えるんだろう。いつの間に日本人はこんなになってしまったのだろうかと思いました」。そんな過去を見つめ直すため時代を01年までの8年ほどに設定した。
一方の日常には翔子の両親、兄、友人、同僚などさまざまな人物が登場する。「翔子の兄はバブル景気にのって不動産を扱っていたが、一転して落ちぶれる。母親も変なものにはまってつぼを買ったり。一家が日本の社会の縮図です」。橋口監督が見聞きし、感じてきた違和感が登場人物にちりばめられている。
翔子は、欧米人の女性作家のサイン会に立ち会うが、その本を心が無意識に拒絶して泣き出してしまう。「実話がモデルです。いつの間にか日本中に『愛と癒やし』という言葉が充満した。『すてき、やさしい』とそんな本を喜んでいるファンは、もし翔子が『偽善よ』と一言口にしたら、一変してよってたかっていじめますよ」。自分たちの残酷さに無自覚なそんな人々の姿に橋口監督は今の社会の偽善を見抜く。
誰もが持っている自分の嫌な部分、見たくない部分がふんだんに描かれているという。「見たくないと思う人には、何も描かれていない映画。逆にちゃんと自分に向き合って生きている人が見れば、いろいろなことを考え、思い描けるはずです」。観客自身がさまざまな物語や言葉を感じながら見てもらえる作品という。
■ぐるりのこと。
1993年、職を転々として女にだらしないカナオ(リリー・フランキー)と出版社で働く翔子(木村多江)の夫婦。頼りないカナオを翔子の親兄弟は好ましく思っていない。カナオは知人の紹介でニュース用に裁判の被告の姿を描く法廷画家の仕事を始める。子供を望みながらもかなわぬうち翔子は心のバランスを崩し、うつ病になってしまう。月日が流れ、カナオは地下鉄毒ガス事件、小学校児童殺害などさまざまな裁判を目撃していく。2時間20分。
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