朝日新聞 2008年(平成20年)4月9日(水) より
「東京のアイヌ」映像に
フリーディレクター ドキュメンタリー制作 今の姿残したい
首都圏に住むアイヌ民族を追ったドキュメンタリー映画づくりが進んでいる。題名は「TOKYOアイヌ」。撮影から編集、監督までを担うのはフリーのディレクター森谷博さん(42)=東京都練馬区=だ。身近に暮らすアイヌの人びとの声を届けたいと、カメラを構え続けている。(中野晃)
アイヌ民族
アイヌは「人間・ひと」を表す。明治維新後、日本政府は北海道を領土に組み込み、差別や生活苦から関東に移り住む人が出てきた。東京都の調査報告書(89年)で都内在住者は約2,700人とされたが、首都圏在住者でつくる「アイヌウタリ連絡会」の長谷川修事務局長は「首都圏で約1万人」と推定。北海道のアイヌ民族は06年の道の調査で2万3,782人とされたが、実数は数倍といわれる。
3月の日曜日。民族衣装を着た約30人が4時間余り、東京・有楽町の街頭に立った。先住民族と認めるように政府に直訴するため、首都圏のアイヌの人びとが今春始めた署名集めの初日だ。
「私たちはみずからの文化を、歴史を誇りにしています」と声をあげる代表者のわきで、森谷さんはじっとカメラを向けた。
撮影を始めたのは1年ほど前。千葉県鴨川市に住み、布にアイヌの伝統刺繍を施す古布絵作家の宇梶静江さん(75)が「今を生きるアイヌの姿を映像に残したい」と提案。森谷さんは知人の誘いで話し合いに顔を出し、機材を持つ縁で撮影を始めた。
TBSで約10年番組づくりをしたが、取材でアマゾンの先住民族の暮らしに触れ、農業など大地に根ざした生活をするために退職。アイヌ民族にも関心を持っていたが、身近なアイヌの人びとを深くは知らなかった。
アイヌの伝統文化を継承できる場をつくろうと、千葉県君津市の山奥で「カムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)」と名づけた公園づくりを続ける古老。明治期に開拓教育として東京に連行され、なくなった先祖を供養するため、「土人教育所」があった東京・芝公園で夏に開かれる慰霊祭「イチャルパ」・・・・・・。「アイヌ・モシリ(人間の住む静かな大地)」と呼ぶふるさとの北海道を離れても、民族の文化と誇りとし、守り伝えている人びとに出会った。
撮影を続けるうち、アイヌ民族からみれば、自分自身が先祖伝来の土地を開拓と称して奪った「和人」側であることに気づかされた。「撮ったものはすべて自分への問いかけとなります。アイヌの人びととつきあうことがなければ、そんな歴史と向き合うこともありませんでした」
アイヌの人びとの願いは、日本政府が先住民族と認めることだ。奪われた民族の誇りや歴史を取り戻すためにも欠かせないからだ。国連総会は昨年、「先住民族の権利に関する宣言」を採択した。政府も賛成したが、福田首相はその後の衆院本会議で「アイヌの人びとが先住民族であるか、結論を下せる状況にない」と述べるにとどまった。かたくなな政府の姿勢は、社会の無関心が生み出したものだ、と森谷さんは考えている。
アイヌ民族の立場から映画づくりに助言する広野洋さん(43)は、運営に携わる東京都中野区のアイヌ料理店で客から「アイヌってもういないんでしょ」と言われた経験がある。広野さんは「あなたの近くにもアイヌの人が住んでいると多くの人が知り、歴史にも目を向けるきっかけになってほしい」と話す。
森谷さんは今年中の完成を目指し、上映活動や資金の協力者を募っている。問い合わせは
スペース・オルタ気付、製作委員会
(045-472-6349 http://www.kamuymintara.com/film/index.htm )へ。
※6/28(土)〜7/4(金)の「08サミット先住民族・環境映画祭」で、『TOKYOアイヌ』
の紹介ビデオを上映予定です。
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