朝日新聞4月5日朝刊より
消費文化にのみ込まれるな
李鳳宇(映画プロデューサー)
「日本映画が元気」と言われている。昨年、興行収入が外国映画を追い抜き、50億円を超える作品も6本生まれた。こうしたデータをみると、「元気だ」と言うのもうなずける。
10億円以上のヒット作は28本あったが、2本を除き、テレビ局の出資が入っているのが特徴だ。テレビ局や原作の出版杜、大手配給会社をはじめ、多いときには20社ほどが参加する「製作委員会方式」と呼ばれる手法で作られ、テレビ局が自社メディアを活用して情報番組で取り上げるなど、大量のプロモーションが展開される。目に触れる機会が増えるのでヒットの可能性が高くなるのは当然だろう。
それを支えているのが、全国3100前後あるスクリーンのうち、7割以上を占めるようになったシネマコンプレックスの存在だ。しかし、シネコンは大手配給会社と一定期間の契約を結ぶので、ほかの映画が入る余地はない。だから、全国どこも同じ映画が上映される結果になる。日本映画人気は、メディアとシネコンの二つの集客システムで成り立っていると言える。
一方、映画館を訪れたお客さんの数、つまり外国映画も含めた総観客動員数が増えたかというと、そうではない。世界的に総観客動員数が増える傾向にある中、なぜ日本はそうではないのか、業界全体で考えなければならない一番の間題だ。
映画製作に携わる者として、映画文化がいい方向に進んでいる実感が持てない。最近の映画製作の一般的な図式は、まず大ヒットした原作が優先で、そこにテレビ局や配給会杜が参加する。次にみんなが知っている俳優、さらに主題歌を決め、最後に「監督をだれにするか」という話になる。日本映画から監督の顔が見えなくなり、「作家性」が介在しなくなってきたのは、テレビ局主導のこうした図式が定着したからだと思う。
恋人が死んだけど天国から舞い戻るとか、ありえない事件に巻き込まれて解決するとか、漫画や絵本の世界が日本映画の主流になり、テレビドラマの映画版が優先されるようになった。娯楽的な映画はもちろん必要だが、今の状況は極端だ。よく練られた脚本をもとに、監督の哲学や経験、技量に裏打ちされた深遠な世界をみせる作品にも一定の評価を与えないと、日本の映画文化は消費文化にのみ込まれ、衰退してしまうだろう。
自分の反省を含めて言うと、日本の映画界は若い世代に目を向け過ぎている気がする。団塊世代に限らず、本を読み、物事をよく知っている世代を映画館に呼び戻すことが必要だ。
そのためには、映画館がテレビのチャンネルのようになってしまってはいけない。シネコンが全国どこにでもあるのは便利なことだが、大手配給会社が4週間とか6週間の一定週数を編成して年間52週を埋めていく今のやり方は変えるべきだろう。多様な映画を上映し、臨機応変に観客のニーズに応えていく「パー・スクリーン・アベレージ」をもっと重視するなど、映画界を取り巻くシステムを改善していくことは不可欠だ。
元気だという風潮に甘んじていると、世界的には、「日本に映画はあるけど、映画文化はない」という厳しい指摘を受けかねない。
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製作・配給・興行を手掛ける「シネカノン」代表。
主なプロデュース作品に「月はどっちに出ている」「フラガール」。
最新作は5月19日公開の「パッチギ!LOVE&PEACE」。
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