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2006年7月28日(金)北海道新聞朝刊より転載

ゆうばり映画祭休止
きょう市長表明 来年から「当面」

【夕張】夕張市は二十七日、毎年二月に同市で開催している「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」を、来年以降、休止する方針を固めた。後藤健二市長が二十八日の市議会財政再建調査特別委員会で表明する。来年十八年目を迎える同映画祭は夕張の「炭鉱から観光へ」を象徴する事業だが、同市は年間七千万円近い補助金を支出しており、財政再建団体入りを決めた中で継続は困難と判断した。休止期間は「当面」とする方向だが、再建は長期間となることが確実で、事実上の廃止につながる可能性がある。

同映画祭は映画好きで有名だった故中田鉄治前市長の発案で一九九〇年に始まった。ホラー作品やアクション作品を中心に集め、国内外の有名映画人をコンペティション部門の審査員に充てるなどして、国際的にも知名度が高かった。

主催は夕張市と、市内の各団体代表、東京の映画関係者などでつくる実行委員会の二団体で、実行委員長は後藤市長が務めている。例年、予算総額約一億円のうち入場料収入は五百万円程度しかなく、残りは市の補助金六千七百万円と企業の協賛金で賄ってきた。また、毎回、会場整理は市の職員が行い、支払われる時間外手当が約百万円に上っていた。

市が財政再建団体入りを決めたことで、映画祭を支えてきた市民組織の中でも公費を使った映画祭の実施に反対論が強まっていた。市は一時、規模縮小による継続も検討したが、「夕張映画祭の本来の目的である楽しい映画祭から離れ、一部マニア向けの作品による映画祭になりかねない」(市関係者)として、休止を判断した。

 実行委員会内では、夕張市の休止方針に対して一部で異論も出ている。しかし、同市は三十一日に市内で開催する役員会と実行委員会で、最終的に了承を取り付けたい考えだ。同映画祭は開始二年前に松下興産が市内のマウントレースイスキー場開発に着手したことから、フランスのアヴォリアッツ国際映画祭をモデルにスキーと映画を結びつけたリゾート構想の一環と位置づけられていた。

十七年の間には吉永小百合さん、松坂慶子さんら大物俳優が次々と訪れた。外国人監督、俳優も数多く訪れ、米国のタランティーノ監督が「夕張の雪は世界一美しい」と述べたこともあった。通算の来場者は三十二万人を超え、今年二月には韓国の富川映画祭と姉妹提携した。

2006年7月28日(金)北海道新聞夕刊より転載

寂しい、残念 ゆうばり映画祭に幕

国際的にも知名度が高い夕張市の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の中止が決まったことで、過去の出演や映画関係者の間には二十八日午前、全国的にも珍しい、手づくり感のある映画祭を惜しみ、早期の再開を願う声が広がった。

「幸福の黄色いハンカチ」(一九七七年)で夕張とも縁が深く、二〇〇〇年の映画祭にも参加した映画監督山田洋次さんは「なぜ映画祭だけは続けることができないのか、情けない」と憤る。過去十七回の開催で厳寒期に山の中で開く映画祭のユニークさが、ようやく皆に理解されるようになった、と指摘した上で、「市の財政間題は承知しているが、だからこそ『やめない』という志がまず大事ではないか。市民を励まし夕張のマチの存在理由を示すためには、『黄色いハンカチ』のように高々と旗を掲げ続けなければならないと思う。映画祭はやめるべきではないし、いつまでも続けるべきだ」と述べた。

九六年に審査員を務めた女優高橋恵子さん(釧路管内標茶町出身)は、「一カ月ぐらい前に夕張市の財政問題を知り、気になっていた。すごく寂しいし、もったいない」と強調した。「著名人や俳優だから、という社会性を忘れさせてくれ、初めて会う人とも親しくなれるシチュエーションだった。都会の映画祭とは違う自然のエネルギーを感じ、大変リラックスできた」と振り返る。

高橋さんは「市だけに頼らず、(再開のために)何ができるか、タ張の記憶のある関係者と考えたい」と続ける。同様に、同映画祭を盛り上げてきた地元夕張の市民ボランティア「ゆうばり映画祭応援団」の沢田直矢代表も、「市が置かれている状況を考えれば当然」としながらも、「(寄付金などで運営費をまかない)市に負担をかけない形で再開できれば」。

タ張の温かい雰囲気は多くの映画人を魅了した。〇一年の同映画祭で、俳優生活六十周年を記念した特別劇場が開かれ、招待された俳優小林桂樹さんは「雪の夕張駅に降り立ったとき、出迎えてくれた多くのファンから『田所博士!』(七三年の映画『日本沈没』の役名)と声がかかり感動した。いろいろな国の若手を発掘し、地元の熱気が感じられる映画祭だった」と惜しんだ。

地域に根ざした映画祭に詳しい前沢哲爾・全国フィルムコミッション連絡協議会専務理事は「町中どこでも親切にしてくれ感動的だった。映画人にも人気で、東京国際映画祭に来なくても夕張には顔を出す人もいるほど。非常に残念」と話した。【夕張】夕張市の後藤健二市長は二十八日の市議会財政再建調査特別委員会で、毎年二月に開催している「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」を本年度から中止とすることを正式に表明した。

後藤市長は休止ではなく中止とし「残念無念だがやむを得ない」としながらも「これまでのような映画祭は無理でも、市民サイドが別な形で開催できるなら市として協力は惜しまない」と述べた。

2006年7月29日(土)朝日新聞朝刊より転載

映画祭「中止」 「夢と希望」どこへ山田洋次監督「存続を」

財政再建団体への移行を決めたタ張市が、主催する「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」の中止を表明した。後藤健二市長は28日、市議会財政再建調査特別委員会で「夢と希望を発信しようと楽しみながら進めてきた。無念だがやむを得ない」と述べた。炭鉱の街から観光の街へ脱皮を狙った市の目玉事業として始まり、過去17回で33万8千人の観客を魅了した映画祭。存続を願う声が関係者から上がった。
「市の自慢として、市民の心の支えとして、続けていきますと、なぜ言えないのか」
夕張を舞台にした映画「幸福の黄色いハンカチ」の山田洋次監督はコメントでこう存続を求めた。

映画祭は中田鉄治・前市長が発案した。竹下内閣の「ふるさと創生資金」1億円を使って90年に始まり、国内のほか、欧米やアジア、中近東の作品を上映してきた。
ゲストや審査員としてタ張を訪れた国内外の俳優や映画監督らは延べ794人。国際色豊かな映画祭だが、やって来たゲストたちを市民がホットミルクを出してもてなすなど、アットホームさが好評だった。

だが、「タ張の知名度を上げるのには役立ったが、経済波及効果はほとんど無かった」と関係者は話す。観客が押し寄せても市内には宿泊施設が少なく、大多数は札幌などの市外でお金を落としたからだ。市の財政にも貢献したとは言い難く、過去17回での収支は計82万円の黒字にとどまる。
それでも、映画祭は市民に根付いていた。後藤市長も「市民サイドの別な形でできるなら協力を惜しまない」と話す。

市民団体「ゆうばり映画祭応援団」のメンバー、歌川香さん(32)は「映画祭で市民には世代を超えた輪ができた。市民の手作りで、また始めることができないか考えたい」と話す。札幌の映画館シアターキノの代表で、NPO法人「北海道コミュニティシネマ・札幌」理事の中島洋さん(56)は「市民の手で続けていこうというのは素晴らしい。できる範囲で応援したい」。
中止は31日に開かれる映画祭実行委員会で正式に決まる見通しだ。

●ゲストや審査員として映画祭に5回参加した大林宣彦監督の話
冷たい雪の中に市民の温かさを感じる大好きな映画祭でした。タ張で映画を見るとどれもいい映画に見えました。日本で一番愛された映画祭でしょう。それだけに残念です。炭鉱があったころの夕張では・映画館は24時間営業で疲れた人々をいやしてきました。石炭も映画もタ張の活力を生み出していたのです。映画祭はそんな風土や文化、歴史の中で育ったのです。今度は私たち映画人が試される番です。タ張のお父ちゃんやお母ちゃんに、何らかの恩返しを考えたいと思います。