『ランド・オブ・プレンティ』
ヴィム・ヴェンダース監督ティーチイン
2005年10月26日 シネカノン有楽町にて
ヴィム・ヴェンダース(以下WW)/
L・Aを映画で見ていただきました。(映画の舞台となった)トロナに行くことはお勧めしませんし(笑)、ニオイはかなりきつく、暑くて…。でも私は気に入っています。モーテルは一つしかありませんが、あまりオススメできません(笑)。
ディズ・バレー(死の谷)に行った方はおられますか?もし、これから行く方がいれば、1年後にまた私はこちらに来て、お話したいと思います。
※初めはちょっと疲れ気味だった(始まるまでソファーでぐったりとしていたとはスタッフの弁)ヴェンダース監督だが、ティーチインが始まり、少しずつこの映画への熱意を静かに語り始めると、満席立ち見の場内は、一言も監督の言葉をもらすまいといった空気が全体に広がり、若い世代が多いけど、とても真剣なムードが、より監督を真剣にさせる、映画が持つ力を感じられる場になっていった。
以下がティーチインの主な内容です。
Q/
今回は英語だけで描かれていますね。他の(ヴェンダース)作品は仏語、英語、独語などミックスが多いと思いますが、今回はなぜ英語だけにしましたか?
WW/
アメリカで撮ったので素直に英語にしましたが、一部パキスタン語など、多民族国家を反映している形になっています。
Q/
トロナという町を選んだのはなぜですか?
WW/
映画の墓地で終わり、P.S.で“はじまり”にしたかったのです。トロナからはじまる物語を、カメラマン、自分、女優、ドライバーだけでまわり、その旅として選んだのがトルースオアコンセクエンセズ(ニューメキシコ州)という町でした。レナード・コーエンの歌が全てを語っています。“真実に、土地に、光が注ぎますように”。それが、この映画のテーマです。
Q/
多分にキリスト教的な要素を感じるのですが、監督は神に愛されているという体験はありますか?
WW/
私もクリスチャンなので、アメリカにいると、居心地が悪い時があります。キリスト教と権力に対して、です。最もシンプルなことですが、キリスト教としてのルールとは、貧しい人々への共感です。戦争に行く理由は、どんなことであれ、キリスト教者として納得できません。私は、宗教に対しての敵意を感じもしましたが、忠誠的、原理的、信ずる力をラナを通して描きたかったのです。
Q/
人間は、沈黙して声を聞く、戦争の憎しみより平和の痛みを持っていると思うのですが。
WW/
聞くことは、誰にでもできます。伯父ははじめ、自分の頭の中のことしか考えませんでした。しかし、ラナのアドバイスから、彼は目を閉じて、自分の声、まわりの声に耳を傾けてみます。ご覧になってわかるように、彼はパラノイアにかられています。自分の状況を把握するのが難しい。ポールがラナの説明に、木の下で耳を傾ける、それはユートピア的な考えかもしれませんが、やはり愛だと思います。
Q/
今回の、この小さな劇場で上映されたことに対しては?
WW/
現代は、お金とは微妙な関係があります。お金があればあるほど、より良い映画が撮れるという幻想があります。100万ドルあれば、それだけのお金がかかった映画が撮れるかも知れません。しかし、同時に真実と言えるのは、100万ドルあると、何も言えないかも知れないということです。お金があればあるほど、私は不自由になるような気もするのです。
『ランド・オブ・プレンティ』は、無限の自由がありました。要するに予算が、それだけ無かったということです(笑)
今日ここで皆さんに観ていただいた作品は、ハリウッドのアフタヌーンティーの値段にしか過ぎません(笑)。ケイタリングの値段にも届いていないのです(笑)。しかしそれはとても良いことでした。より少ないお金で、よりたくさんのことを語ることができました。
これはミニDVで撮っています。とても若いクルーと仕事をしました。カメラマンも初めてです。プロデューサーも、コンポーザーも。編集マンは21歳でした。皆、たった16日間で撮ることが不可能、ということすらも知りませんでした。しかし、知らなかったからこそ、みんなで作ることができたのです。
Q/
グラウンド・ゼロに行って、監督はどう感じましたか?癒されましたか?
WW/
場所を見ることは、癒しではありませんでした。ただそこに至るまでの旅が、2人にとってとても重要でした。お互いの話に耳を傾けることが大切で、墓地の樹の下で話しますが、2人に共通する話は何もない。しかし、一緒にその時間を過ごすことが重要でした。ラナがアフリカにいる頃、アメリカにとっても世界の人々にとっても、9・11が世界中の人々の体験として共通した意識を、生んだと思います。
ただ残念なのは、9・11以降、平和への歴史が始まるのではなく、戦争に向かってしまいました。しかし、遅すぎることはありません。新しい歴史を今から始めればいいのです。
Q/
ロバート・フランクなどの写真と共通しているものを感じましたが、監督は、映画と写真についてどう考えていますか?
WW/
私は物事を、一つずつしかできません。両立させることはできません。映画の旅、写真の旅、それぞれ行いますが、それぞれが違う旅になります。写真は一人になることが必要です。私は人ではなく、場所を撮る写真家です。その場所に耳を傾けることが必要なので、一人になります。映画は人が多いので、一人で見つめることはできませんが。
Q/
ドキュメンタリーとフィクションの違いを、どう感じますか?
WW/
フィクションとドキュメンタリーの間の違いは信じていません。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』はドキュメンタリーを撮るつもりで始めましたが、信じられない程のおとぎ話を撮っているような気分になりました。
『ランド・オブ・プレンティ』には、本物のホームレスの人たちが出ていますので、時々、ドキュメンタリーを撮っている気分におそわれましたが、私はフィクションを撮っています。L・Aのホームレスの寿命は1年半くらいです。そんな状況下で一緒にいると、フレンドリーになって、ある日一人がダンボールから飛び出してきてこう言いました。「おまえらは、本当に低予算でやっているんだなあ」と(笑)。
Q/
過去のアメリカで撮った作品の部分が、今回の作品にかなり出てきていると思うのですが…。例えば『パリ、テキサス』は、アメリカへのラブレターのように思いましたが、今回の作品はそのアメリカに対する感覚とは違ってきているように思いましたが…。
WW/
今回の作品には、大変、怒りがこもっています。人を愛する時に、国に対して怒る権利があります。
しかし、この作品は、敵意を表した映画ではありません。アメリカが向かっている方向が、私には心配なのです。自分と思いは同じでも、私には、直接的に訴えるマイケル・ムーアのような才能はないので、私は、家族の物語として、そのトラウマを捉えようとしました。ですので、この作品は、私にとっては最も政治的に語っている映画でしょう。ただちに考えるしかありませんでした。4週間しかありませんでしたが、自分の腹の底から生まれてきたものを撮ったのです。
皆さん、どうもありがとう!(大拍手!)そして監督は、手を振り、観客に向かって祈るように両手を合わせて、ティーチインを終えたのでした。ヴィム・ヴェンダース監督が、自らの気持ちを、とても素直に語りかけるように話した、この作品そのもののような、まさに対話の姿勢が印象的な、素晴らしいティーチインでした。
(要約責任/中島洋、中島ひろみ)
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