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2005年7月19日  『亀も空を飛ぶ』バフマン・ゴバディ監督記者会見
岩波シネサロン(通訳 ショーレ・ゴルパリアン)


ゴバディ監督挨拶
 皆さん、こんにちは。また日本に来られたことをとても嬉しく思います。日本はただの外国ではなく故郷のように思っていますから、今回もこの映画がきっかけで日本に来られて嬉しいです。特に高野さん(岩波ホール総支配人)には会いに行きたいといつも思っていますから、今、新作の準備で忙しいのですが、飛んできました。
 我々イラン人、特にその中でもクルド人は、日本のことを恋しく思っています。日本は、アジアの中でも経済発展をしていて、映画をはじめ文化的にも、色々な意味で誇りをもっている国ですから。
 長く話すようにとはいわれたのですが、やはり皆さんと対話したいので、質問に答えていきたいと思います。よろしくお願いします。

Q. 最後のシーンが非常に悲惨だったのですが、何より戦争が日常になっているということに考えるところがありました

 現代に限らず、昔から、自分のおじいさんや曾おじいさんの話を聞くと、クルド人イコール戦争でした。戦争が、生活の中で身近なものになってしまったというのは長年の話であり、クルド人というと頭の中に浮かぶ次の言葉は「戦争」または「苦しんでいる」ということになるかもしれません。でも私はもうひとつの言葉を足したいんです。それは「望み」や「希望」を沢山もっている民族だということです。

 子供たちに「政治とはなんですか」と聞いても、もちろん答えることはできません。しかし、例えば映画の中に出てくる腕がない男の子の写真を誰かに見せると、人はそこから「政治的なもの」を思い浮かべます。子供たちとは関係のないところで、ひとつの写真を政治的に捉えるのです。

 私の映画は決して政治的な映画ではありません。しかし、クルドの生活の中にはたえず「政治」が存在しているので、私の映画を見て「政治的」と言う人々がいるのですが、私の映画はそういったものでは決してありません。現実的に彼らの生活を描いている映画なのです。

 ひとつ個人的な話をします。私はこの映画を撮る前に、とても絶望的な気持ちになり、精神的に落ち込んでいました。それは多分、私たち都会に住んでいる人間の病気だと思いますが、これからどうすればいいのか、なぜ映画を作るのか、などと希望を失ってしまった時期があったのです。

 その後、イラクに行き、手や足のない子たち、映画の中に出てくる腕のないヘンゴウ(役名)はじめたくさんの手や足がない子供たちに会いました。そして、その後、彼らと一緒に映画を撮っている時、私は彼らからエネルギーや人生にあふれる情熱をもらいました。私は、今も彼らにとても感謝しています。彼らは私よりももっと苦しい日々を送っているのに、毎日笑ってすごくいきいきとしている。僕は何をしているんだろう何を考えているんだろうと、彼らから学びたいことが沢山ありました。彼らの微笑みは世界で一番美しいと思いました。そのくらいに彼らはいきいきとしているんです。

色々なところを旅して色々な人と話をしてきているのですが、その地域の子供たちのような人には、会ったことがありません。彼らは私たちから見ると大変悲惨な状況の中で生活をしているんですね。私たちから見れば希望のない生活を送っている様に見えますが、でも彼らはとても強くて、とても1日を大切に楽しく過ごしていて、素晴らしい魂をもっていますから、精神的にとても健康です。病気もせず身体もとても健康な子供たちなんです。

 私もクルド人ですが、私たちは生まれた時から大人になっています。いっさい子供時代を味わえないんです。生まれた時から二十歳くらいの感じなのです。生まれた途端に、大人と接触しながら生きていかなければならない状況に育っていっているので、教育面でも遊びの面でも、ひとつも子供らしいことをしてきてないんですね。

映画を見ても分かると思いますが、子供たちは身体が小さく、顔も子供ですが、たくましい魂をもっています。実際二十歳くらいの物の考え方、人生の考え方をしているんですね。私がクルド人だからこう言っているわけではなく、実際皆さんの中にはクルディスタンに実際に行って子供たちと話をした方もいると思いますので、それを証明できると思います。そのくらい子供たちは大人なのです。

 そちらに座っているノリコさん(松浦範子さん)、彼女がクルディスタンについて書いている素晴らしい本がありますので、自分の映画より彼女の本を読んだ方が、現実のクルディスタンを理解できるのではないかと思います。

Q. 3つ伺いたいことがあるのですが、まず、タイトルの意味合いについて。2つ目は、地雷をサテライトが仲介人に売ってそれを国連に売っているというのが映画の中でありました。あれは実際にもあることだと思いますが、地雷1個をいくらくらいで売っているのでしょうか。3つめは、来月サダム・フセインの裁判が行われますが、それについてどう思われますか。

 サダムの裁判ですが、私には、ただのゲームのようにしか思えません。今まで、ブッシュは監督として映画をたくさん作ってきて、そのうちのひとつの映画の主役がサダム・フセインだったのです。そういう映画を私たちは沢山見てきているので、もう飽き飽きしています。これからの裁判も、ひとつの映画の場面に過ぎませんし、それはもう見たくもないし聞きたくもない。最初からただの遊びだと分かっていますから。

 ブッシュとサダムを足しても、私の映画に出てくる子供たちの重さに比べればまだまだ軽いものです。2人は主役になって、人々のために戦争をすると言っていますが、その「人々」はどこにいるのでしょうか。現実的にはその「人々」の映像をひとつとして見せてないじゃないですか。だから、これはただの「汚い遊び」で、報道されているものは、私たちが遊ばされているものだと考えています。ただのジョークだと思っています。
例えば、マイケル・ジャクソン裁判の映像が何日間も報道され続けていますが、それは世界で苦しんでいる子供たちと比べて、どんな意味があるのですか。マイケルの裁判ほどに世界で苦しむ子供たちの映像も扱ってくれれば、人々の子供たちへの援助の手も伸びて、彼らを助けることができるのではないでしょうか。それを考えると、怒りを感じてしまうので、先にこの質問に答えてしまいました。すみません。

 地雷ですが、日本ではいくらになるか分かりませんが、たとえば、農民の子供たちがみつける地雷は1個大体5ドルくらいのものです(映画の中では20〜30ディナールでサテライトが売っているので、1個5ドルは子供が売る値段ではなく市場での取引き価格と思われる)。もうひとつ説明したいのですが、地雷だけではなく、例えば壊れた戦車等を子供たちや人々が集めてきて、それをトルコなど隣の国に送るんです。
そこでそれを溶かしてイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ等の国に送り、それで地雷を作ってまたそれを同じ地域に埋めるんです。子供たちの手や普通の人々の手によって地雷は除去されるのですが、またそれは巡り巡って同じ子供たちの足下に埋められる、というわけです。戦後の救援だとか地雷を除くという目的で色々なグループがイラクに入ってきますが、彼らの給料は1日大体千ドルくらいです。そして彼らが使っている地雷を探す犬の1日の経費は200ドルだと聞きました。つまり子供達をうまく自分達で使って、最終的には自分達の貢献をもっともっと増やす。そういうゲームが回っているわけです。

 タイトルですが、実はどこにいっても大体80パーセントくらいはその質問で、実はそれが私の狙いでした。タイトルを疑問に思って1分間でも考えてくれたら、映画のことを忘れません。それが狙いでした。私たちにとって、映画というのは自分の子供のようなものです。ですから子供が生まれる前から名前について色々悩むように、ひとつの映画の題名を悩んだり考えたりするんです。

 自分が撮影したラッシュを見ながら、または編集をしながら思ったのですが別の意味もこの題名には含まれています。映画の中では、女の子がいつも子供を背負って歩いています。子供を背負って歩いている彼女が亀のように見えてきて、その彼女がうまく泳ぐため、うまく飛ぶためにはこの背負っている「荷」を置かなければいけないと思い、その意味でも亀という言葉を使いました。

 私の映画はとてもシンボリックな映画と言えます。クルド人は、イラン、イラク、トルコ、シリアの4ヶ国にまたがって暮しているのですが、映画では少女が4人の兵士にレイプされる設定です。昔からクルディスタンは、映画の少女のように色々な人に、色々な国にレイプされてきたのです。しかし、これからはもうレイプを許さない。レイプされて子供を生むことは絶対しないという思いも、そこには込められています。

Q.  子供たちだけでなく老人たちもとてもいきいきとしていて、例えばテレビを見ている場面などが面白かったのですが、細かいセリフなども脚本に書き込まれていたのでしょうか。それとも老人たちがさりげなく言ったことなのでしょうか。

 前に(来日した時に)話した話とだぶるかもしれませんが、クルド人はとても厳しい状況で生活していますから、その状況に耐えるため、2つのことを大切にして自分の文化を守ってきました。
ひとつは冗談を言って皆と話したり笑ったりするユーモアです。そしてもうひとつはリズムが激しい明るい音楽です。クルド人の特徴というのは、このユーモアと明るい音楽なんです。おじさん達だけではなく、皆すごく明るく楽しい民族です。

 ユーモアについですが、自分も皆と話す時は笑ったりふざけたり明るい話ばかりするキャラクターなのですが、もちろん悩んだり落ち込んだりもします。映画の中の登場人物にはそれぞれ自分のキャラクターが少しづつ入っていると思います。例えば映画の中にでてくる少女のように暗く思いつめる部分、ほっぺたを自分でたたく子のような無邪気さとか、足のない子のような明るさなどは、自分の中にあって、それが映画に反映されていると思います。
いろいろなキャラクターがあることは、悪いことではないと思います。人生には山があったり谷があったりした方が楽しいと思いますし、波があった方が人間はいきいきするのだと思います。朝から晩までずっとスケジュールが決まっていて、その通り動く、といったことは私は続けられない性格です。例えば、ある日は何も食べないで、次の日はいっぱい食べたらそれがとてもおいしく感じられたりします。苦しみという言葉はとても暗いですが、苦しみがあれば、楽しいことはその何倍も感じられると思います。

Q. 『酔っぱらった馬の時間』が私にとって印象的な映画なのですが、そこでも子供たちが出ていましたけれど、『亀も空を飛ぶ』を含め、普通の子供たちが映画に出演する際、期待や戸惑いを感じると思います。プレスには今の彼らの素の人生を反映させているとありましたが、子供たちへの演技の指導等についてお聞かせ願えますか。

 子供たちへの演技指導について少しお話しします。まず、現場に行く時、私たちは機材をもって行くので、子供たちから見ると私たちが全く違う世界の人のように見えてすごく恐く見えるのです。子供たちは私たちを「エンジニア」と呼んでいました。「機械」を持っている人はとても偉い。そう思うと、そこで自信をなくしてしまうのです。子供たちを使う時は彼らの自信をまず取り戻さなければなりません。

 最初にやらなければいけないのは、ひとつの家族になることです。そして、子供たちには何でも一番いいものを提供する。一番いいバスに乗せてあげる、一番いい食事をあげる、一番いい場所に座らせてあげる。「エンジニア」と呼ばれる人は、彼らより良くない車に乗ったリ、よくない食事をする。そうすると子供たちは自信を取り戻します。「エンジニア」はたいした人たちではない、私たちの方が主役だ、と思わせるんです。

 もうひとつは、私はこの地域の子供のような生活をしてきているので、彼らのことを理解できますが、より近くにいて、彼らが今何を考えているのか、何をどうしているかを良く観察することです。そしてカメラの前で彼らに演技させるのではなく、彼らが生活しているところをカメラに収めるのです。

 そのために同じテントで寝たり同じ場所で食事をしたりをずっとします。自分は母親のようになって、周りに子供たちを集めて一緒にご飯を食べたりします。脚本の80パーセントは事前に書いていなかったので、現場で彼らが普段やっていることや普段話していることを見たり聞いたりしながら書いていきました。例えば「昨日あなたはこうやってヨーグルトを小さい子に食べさせていたね、もう一回やってくれる?」というと、彼らはやってくれます。そうすると、とてもリアルな場面が撮れるのです。

 この映画はイスファハーン児童映画祭で上映されたのですが、そのとき子供たちをイランに呼びました。女の子と目が見えないいちばん小さい子は来られなかったのですが、子供たちは初めて自分の映像を見ました。その時私は、そばに座って、画面ではなく子供たちの顔を見ていたのですが、とっても面白かったですね。彼らは自分の映像を見て泣きながら笑っていたんです。その時の彼らの表情というものは説明できないくらい、世界で一番素晴らしい表情だと思いました。
 この映画をイラクでも上映したいと思いましたが、映画館は全部壊れていて使える映画館がありませんでしたので、自分のカメラマンと照明の人とイラク(のクルド地域)に行って映画館、映写機等を直して上映しました。実は、その2ヶ月前に私が力添えをして、目の見えない男の子が手術をして目が見えるようになっていたんです。そして彼の目が見えるようになって3日目か4日目が彼らの映画の上映日だったんですね。今度は女の子も来ることができました。初めて世界を見る目で男の子も映画を見たのですが、彼の笑顔や表情はとても素晴らしかったです。

 ここで思い出しましたが、人々が今必要としているのは、文化的な活動、映画や芝居や音楽祭ができるカルチャーセンターのような場所です。以前にもお話ししましたが、日本の自衛隊はずっとイラクに駐留していて、その予算は何に使われているかはっきり分かりませんが、文化的な活動は見られないんですね。私が行ってみたところだと、韓国から行っている軍隊は、移動しながら物を直していく、移動しながら学校等を作っていく、ということをやっています。ひとつの場所に全然留まっていませんし、文化祭のような文化的なイベントも考えてくれているんですね。それで今クルド人にとって韓国人たちはとても恋しい人になっていまして、そういった動きは日本の自衛隊には見られません。私の声がどこまで届くのか分かりませんが、この場を借りて日本の政治家にひとつお願いをしたいんです。予算があるなら、皆が期待している文化活動に使っていただきたいんです。教育の場だとか、映画館や文化的な楽しいイベントをやれる場所は少ないので、そういう部分で日本の活躍を見たいと思います。韓国はそういった活動に力をいれていますから、日本人があまり動かないのを寂しく思っています。

 私はやはり映画監督ですから映画づくりこそが自分の使命と考えていますが、2年前からアルビルに大きな文化センターを作るということに関わっています。そこに8館ある映画館をつくる、つまりシネコンの存在も考えています。それはとても大変な仕事ですが、そういった責任が自分にはあると思っていますし、映画を作ることももちろん続けていかなければならないのですが、映画を見せる場も作らないといけないと考えています。そういう計画に日本の援助が必要だと思っています。

 イラクは貧しい国ではありません。今はこうした状況にありますが、イラクには天然資源があり、とても豊かな国なのです。ヨーロッパやアメリカと経済的なことや、産業面では契約して色々なプロジェクトをすすめています。しかし文化的なプロジェクトは見られないので、日本にはそうした面に力を入れてもらえたらと思います。お金を恵むということではなく、投資して利益を上げることができると思います。

Q.『亀も空を飛ぶ』というタイトルは「不可能なことはない」ということだと思ったんですが。

そのとおりです。

Q.今、質問しようと思った内容の半分ぐらいは監督がおっしゃったのですが、ただひとつ、私は政治家というのは信用できないので、政治家ではなく私たち日本の市民にできることは何でしょうか?教えてください。

 どこの国でもそうですが、私たち普通の国民というのはただのエキストラなんです。主役はみな政治家で、彼らにはものを動かす力がありますが、私たちにはそういう力がない。日本はとても先進的ですが、実際他の国と状況は変わりません。もし日本の国民が何かできていたとしたら、日本の自衛隊がイラクに派遣される時に何かできたでしょう。できなかったということは、普通の国民に力がないということです。

 どなたか影響力のある文化人をご存知なら私のメッセージを伝えてください。ただし、どこの国もそうですが私たちはチェスの中の駒のように動かされているだけなんです。動かすのは政治家です。

 私は外国人ですから、日本に来ると3世代前や2世代前の、戦後日本を作った世代を探し回ります。そういった人たちの力はもう今の若い人たちの中には見られません。やはり日本も少しずつ西洋になってきているのです。日本は戦後自分達の力で苦しんで国を作ってきた強い国ですから、他の国のように簡単に外からアメリカが支配することはできません。

 日本の場合には、より現代的な手法で目立たぬように潜行して、土台の部分から少しずつ西洋的に変えていき、いつか支配するということを考えていると思いますが、アメリカのゲームの中に日本が巻き込まれていることは間違いありません。これは私の個人的な考えを述べているだけなので、間違えているかもしれませんが、今アメリカが一番恐れているのは日本ではないかと思います。イラクなどアラブや私たちの地域の人々は、これまで圧政下にあった国ばかりですから、そういった人々をアメリカは恐れていません。いちばん恐れているのは力を持ち、今の立場を築いた日本と日本人だと思います。ですから、手法を考えて少しずつ支配していこうと思っているのではないでしょうか。

Q. 映画をみて、じっとしていられなくなってしまいました。何もできないということがとても悲しく感じられたのですが、今監督の話を聞いて、世界中の人々が政治家から開放されなければいかないのかな、と思いました。だから本当にがんばりたいので、今外からみた日本の話を聞くことができて、とても興味深かったです。

 ありがとうございます。

Q. 日本の新聞で、イランとイラクが政府レベルで二十数年ぶりに和解となったという記事を読んだのですが、そういった政治の動きが監督をはじめ他のイランの映画監督の仕事に影響を及ぼすのでしょうか?

 イランとイラクの関係修復については何もお話できません。今私はすべてのものを疑っています。勝手に戦争をしたり勝手に仲直りをしたりする国が多いので、悲観的な気持ちでものを見ている、それだけです。選挙にも私は参加しませんでした。参加しなかった理由はただひとつ、私はクルド人だからです。なぜなら今までイランではたくさん選挙がありましたが、一回もクルド人は立候補していません。自分の父親の話を聞いてもそう感じますが、なんとなく「クルド人は黙って見ていろ」と言われている気がして、選挙には参加しませんでした。

 私は新しい大統領のことは知りません。その大統領が選ばれる前に、私はもうイランでは映画を作らないと宣言しました。それは選挙とは全く関係ないことですが、映画部の役人たちに私の映画への尊敬がないと感じたからです。私の映画が上映されたのはイランで1館だけでした。他の映画には行っている国営テレビでの宣伝も私の映画にはありませんでした。そのような扱いならば、ここでは映画を作りませんと発表したのです。映画の役所が私の作品をいい加減に扱っているということですが、私だけでなくキアロスタミ監督もアルメニアで映画を作ると言っていますし、マフマルバフ監督は今外国で映画をつくっています。そういった状況なので、私も今の役所の元では映画を作れないと思っているんです。

Q. 目の見えない赤ちゃんが手術を受けて目が見えるようになったと聞いてとても嬉しく思いました。サテライトやパショーなど映画に出た子供たちが心配で皆どうしてるかな、と思うのですが監督は現在も彼らと交流があるのでしょうか?また、次回作についてのアイディアをお聞かせください。

 サテライトは監督になると言っています。とても才能があると思いますから、ちゃんと勉強をしたら手伝ってあげるよと約束はしています。『酔っぱらった馬の時間』の主人公アヨブは、もう現場で経験を積んでいて、この後、監督として映画を撮る予定があります。私がすぐ次回作に取りかからなければいけないのですが、それを撮り終わったらアヨブの映画を手伝います。その時はまずサテライトにアヨブの助監督として働いてもらおうと思っています。

  片足がない子と、少女と、目が見えない小さい子には家を買いました。それは私だけでなくバルザーニ(クルド自治政府首相)の援助をいただいたのですが、3人に家を建てることができました。

 少女ですが、彼女を町に連れてきてクルディスタンのテレビ局に紹介しました。彼女はテレビ局と30年間もの契約をして、1ヶ月に1度1時間の番組に出演するのですが、それで1ヶ月300ドルもらうことになっています。日本円で大体3万円くらいですから、すごくいい生活ができると思います。

 腕がない子には義手を作る予定です。イタリアの配給会社が手伝ってくれると約束しているので、もうすぐナポリに行って作ってもらうことになっています。

 実はひとつの計画があるんです。少女アグリンはとても綺麗でとてもいい子なのです。また『酔っぱらった馬の時間』のアヨブもとてもいい青年なんですね。彼のお父さんに、「アヨブを他の娘と結婚させないでくれ。アヨブはもう少しで自分で稼げるようになるから、そうしたらこの2人を結婚させよう」と話しています。彼女とアヨブが結婚したら私もとても嬉しいし、2人はお似合いだと思います。自分達で映画も作れるし、外国へ行っても活躍ができると思っています。

 次回作についてですが、私は1年間に脚本を4本書きました。続けて4本撮ろうと思っていますが、2つは大きなプロダクションになりますからそれは後で撮るつもりです。次の映画はトルコで撮る予定です。トルコの町に住んでいる、クルド人の家族の話です。細かいストーリーはまたいずれ。主役は兵士なのですが、ひとりの兵士を通じて、トルコ人とトルコに住んでいるクルド人とアルメニア人の生活が見られると思います。機会があったら日本でも見られるでしょう。少し暗い映画です。でもこの映画で悲劇を最後にして、その次から明るい映画を作ります。コメディータッチの映画を撮ろうと思っていますが、スーパースターを使いたいので、新しいスタイルを試してみたいと思っています。