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2005年8月6日(土)日本経済新聞より

子供への「映画教育」を模索する働きが各地で広がっている。映画づくりの仕組みを教えるワークショップや鑑賞法を教える映画教室が盛んだ。さまざまな映像がはんらんするなか、子供の映画離れが進むことに危機感を覚えた関係者や地域の有志が、映画文化の豊かさを伝えようと立ち上がっている。

活弁付きで上映
東京・京橋の東京国立近代美術館フィルムセンター。岡田秀則・主任研究官に促されて、数人の子供たちが映画のフィルムを入れた銀色の缶をのぞき込む。「これを映写機にかけて、晴闇の中で大勢の人と見るものが映画なんです」。7月30日、小学1〜2年生を集めて開かれた「こども映画館」での一幕だ。
 付き添いの大人も含めた119人の参加者はその後、映画の父D・W・グリフィス監督の無声映画「ドリーの賢険」(1908年、米国)など同センター所蔵の短編映画4本を活弁や生演奏付きで鑑賞した。少女がさらわれる揚面では悲鳴が上がり、ユーモラスなアニメーションに笑いが起こった。「若い世代はDVDにはなじんでいても、映画からはどんどん切り離されている」と岡田。「これからは映画の見方も保存しなくてはいけないかもしれない」と懸念する。
 市民や映画関連団体で組織する金沢コミュニティシネマ推進委員会は先月末、「こども映画教室」を開催した。円筒の中の絵を回転させて動画のように見せる装置などを手作りして、映画前史や映画の仕組みを学ぶ内容だ。8月から来年2月までは映画館での鑑賞会を実施し、3月末に映画の撮影を体験させる。非営利組織の北海道コミュニティシネマ・札幌が主催する「子ども映画制作ワークショップ」も中学生11人が脚本、出演、撮影、監督を務める短編映画を制作中。9月に市内で劇場公開する。

仏は授業の一環
 撮影の技術も教えるとはいえ、「監督の卵を育てるつもりはない」と金沢の土肥悦子代表は言い切る。「映画って不思議で楽しいという原風景になればいい。札幌の中島洋事務局長も「子供たちの映画館体験は少なく、ヒット作しか見ていない。作ることで興昧の幅が広がってほしい」と期待する。
 映像が身の回りにあふれているにもかかわらず、子供の映画離れを懸念する声は多い。文化庁では昨年度から小中学生の映画館などでの鑑賞を助成する事業を開始した。日本映画製作者連盟など4団体は、今年7月から1年問の予定で始めた高校生対象の割引キャンペーンで、「映画を見ない中高生の掘り起こし」(真保徳義・全国興行生活衛生同業組合連合会事務局長)を狙う。
 フランスの小中学校では映像が授業の一環として教えられており、生後18カ月の乳児向けのプログラムまである―。国際文化交流推進協会(工-ス・ジヤパン)は先日、フランスとイギリスの映画教育の現状を報告書にまとめた。仏では国が主導して古今東西の映画をリストアップし、各年齢層向けのテキスト作成や上映を支援。英国は古典だけでなく公開前の新作までが教材となり、DVDなどを使用したユニークなテキストが作成される。行政や学校、映画業界など官民、営利・非営利の団体が連携している現状を伝える。

映画史を財産に
 群馬県の「映像教育指導者養成講座」が今年、2期生を迎えた。主催は県と教育委員会。小学校の教師に映像の指導法を授ける珍しい試みだ。「1本のテレビCMにはいくつのカットが使用されているか知っていますか」。講師を務める同県出身の小粟康平映画監督が投げかける課題に、教師は「テレビや映画の見方が変わった」といった感想をもらす。「難しい知識など教えなくていい。自分が発見した驚きをそのまま子供に伝えてほしい」と小栗監督は語る。
 「日本での個々の取り組みは内容的には英仏と比べても遜色ない」と工ース・ジヤパンの岩崎ゆう子・映画事業課長は語る。「ノウハウを共有し、うまくネットワークを組めば、大きなうねりになる」と指摘する。実際、映画の上映や映画教室などなど地域に根ざした活動に取り組む「コミュニティシネマ」は金沢、札幌以外にも各地に生まれ、官民あげての活動も活発になっている。
 映画教育について小栗監督は「好きか嫌いというレベルの問題ではない。映画が110年かけて獲得してきた文化を私たちの財産として認識するかどうかの問題」と語る。映画教育への関心は、文化の成熟度をはかるバロメーターともいえそうだ。(文化部窪田直子)