前作の「独立少年合唱団」を撮ってから、今までにないものを作りたいと思っていて、それは人が生きてきた時間で、個人史をやりたいと思いました。個人の持つ時間をテーマにしたかったのです。
最初は60代の独身女性が主人公でしたが、田中裕子さんが大変気に入ってくれ(所属事務所が出資までするぐらいの惚れ込みようだったとのこと)、田中さんが主人公になったので50歳に直しました。その田中さんの意見も取り入れ、この映画の描きたかったポイントは2つです。
1. 人生を生きてきたもの、その個人の思い。
2. ある町の物語としての群像劇。
田中裕子さんもすごいですが、今回の俳優陣はプロ中のプロが多くミリ単位の芝居をやっています。
舞台になっているのは長崎ですが、いわゆる典型的な長崎(原爆や海と山など)にはしたくありませんでした。車が入れないような路地や坂を、みんながハーハー言って行き来している、懸命に生きている、そんなある架空の町を作りたかったのです。プロデューサーは経費がかかると反対しましたが(笑)、長崎出身なので、同級生たちが様々なバックアップをしてくれました。
そういうことなので、今回の撮影や美術スタッフはものすごく頑張ってもらいました。長崎を見せないようにする美術(普通だと美術は見せるためにあるのですが)、標識を一つ一つ変えたりして、大変だったと思います。
冒頭の田中裕子さんが自転車で走ったり坂を駆け上がったりする牛乳配達のシーンがとても素晴らしいといっていただきましたが、ここは実は大変な苦労をして撮りました。
朝の空気をとらえるため、本当の朝の色がでる、1日のある一瞬を撮るために、毎日1カットずつ撮りました。撮影は35日間でしたが、そのうちの22日間を毎日、朝3時から準備をして、10秒で朝の光は変わるので、その間に1カット勝負で1日ずつ撮っていきました。NGが出ると、また次の日まで待って撮るという具合です。キューブリック監督の「フルメタル・ジャケット」には度肝を抜かれた(86カットを1日ずつ半年間かけて撮っていった)けど、日本映画でこんなに朝のシーンに時間をかけて撮ったのは初めてでしょう。
また、撮影の笠松カメラマンは、蛍光灯360本を持っていって、この街並の朝の色を出すため、市の許可を得て、全ての蛍光灯を交換しました。もちろん撮影が終わったら元に戻しましたが(笑)。
田中裕子さんは、「朝つらいなー、私じゃなくてもいいのでは」と冗談で言っていましたが、坂を含め、全てご本人にやっていただいてます。田中さん自身も役に入る前、走ったりしてトレーニングされたようです。また、協力してくれた西川牛乳店で、牛乳配達の手伝いをして、感触を掴んでもらっています。
田中さんは素晴らしい役者です。少女のような面と、50歳の大人としての分別のつく姿、同じ人なのに様々な変化を演じてくれました。
私が演出として要求したのは、表情で芝居しないこと。小さな動きを含めて、動きでの芝居をお願いしました。田中さんは理解力が早く、2〜3日は衝突もありましたが、意見のすり合わせができてからは、非常にスムーズでした。15歳の少女の心になることが必要な、重要なシーンがありますが、田中さんは天性の女優です。驚くべき女優だと感じました。
田中裕子さん演ずる主人公・大場美奈子のすごい量の蔵書設定は、本に囲まれて生きている女、とのイメージです。本は唯一、一人でいても孤独ではなく、ひとりで生きていくことの糧なのだと思います。ダンボール50箱にも及ぶ本棚作りには、美術部も苦労したようですが、「赤川次郎じゃないだろー、主人公は」などと文句を言い(笑)、友人やプロデューサーや私のも、かき集めて作りました。
痴呆症のところですが、だんだん言葉が出なくなっていく。自分で大事にしているものから、なくなっていく。彼は英米文学者ゆえに、まさに大切だった言葉を失っていくことになります。
この舞台の町は、人の家がダァーっと斜面に並んでいる家並です。人と人が見つめ、見つめられて、できている町です。
画面から、テレビやインターネットを失くしました。メディアとしてはラジオがありますが、町の噂というものを、メディアとして使ってみたいと思いました。噂が伝わっていくような町並み―――。そんなところから、カレー小僧の話が出てきました。
痴呆症の父親が、カレー小僧と出会うのは、実は彼自身と出会っているわけです。日本のある地方では、ボケることを子供がえりといいますが、同じことでしょう。
今日見ていただいたフィルムは、先日の審査員特別賞を受賞したモントリオール映画祭で上映したもので、英語字幕が入っているもので、皆さんは貴重な体験をされましたね。海外用のタイトルは「THE
MILKWOMAN」です。“いつか”を“someday”と訳しても、海外の方々には理解できない、日本語の微妙なニュアンスがあり、むしろ田中裕子さんがきっちりと主人公である(海外では田中さんも無名の女優であり)ことを伝えるためにも、造語ではありますが、このタイトルをつけました。おかげで映画祭では、そのことはとてもよく伝わりました。
地方で大ヒットした大分では、自分たちで独自のチラシを作り“愛を配達します”とのコピーがついていますが、その映画館シネマ5の支配人は、ある文章で、小さな地方で映画を配達しています、と述べています。
この気持ちは、東京人にはわからないかも知れません。地方で、静かにでも大切に、日々を生きている、そんな人たちの思いに対して、この映画は出来上がったのだと思います
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