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『スクラップ・ヘブン』プレミア上映 2005年9月 アーバンホールにて

■李相日監督、主演・加瀬亮さん ごあいさつ
李相日監督 
(以下李)/
はじめまして、前の作品で函館ロケをしたことはあるのですが、札幌はほとんど来たことがなかったので楽しみです。(拍手)
加瀬亮さん 
(以下加瀬)/
はじめまして、今回は夕方ちょうど雨が降ったので、お客さん来るかなーと心配だったので、たくさん来ていただいて、嬉しいです。(拍手)
司会/ いつもサンダルなんですか。
加瀬/ ああ、すみません。いつもこんなラフな格好なんで、気取るのがダメなんで・・・(笑)
司会/ 20代最後にと思って、この作品を企画されたそうですね。
李/ もう少しで30になるなあという時に、振り返ってみたり、あんまり先が見えない世界に対してどう考えるか、今まで高校生(の映画)が多かったので、1回自分と同年代と組んで作ってみたいと思いました。
撮り終わってみると、何年か経って描くのと、現在進行形で描くのは、かなり違う感覚だなあと。自分の中で生々しい吐き出し方なので、皆さんがどう反応するか、見たいような見たくないような気持ちです。
加瀬/ 『69sixty nine』の現場が楽しかったので、声をかけてくれた時は嬉しかったですね。ただ役をやる上ではかなり迷ったというか、よくわからないところがあったので・・・。よく言われるんですけど、この主人公は「普通の人」「平凡な人」とかなんですが、じゃあフツーってなんだよ、なんて思ったりして監督によくメールしたりしました。
司会/ 李監督、加瀬さん、オダギリさんの3人は年齢もほとんど同じで、すごく仲が良さそうですね。
加瀬/ 3人集まると、どうしようもない、グダグダの話が続いちゃって(笑)、逆に現場では距離をとるのが意外と難しかったです。不思議なバランスでしたね。
現場にいる時は、帰りたいし眠たいしキツイし、2度と来たくないような気がするんですけど、結局、中毒なんですかね、現場にいる時は、狂っているというか、普段と違う感覚が開いていて。日常に戻ったりすると、なぜか現場が恋しくなるというか、そういう感じがありますね。
李/ 現場で求めていることはすごくシンプルですよ。“脚本より、よくなること”。脚本のあと、役者が埋めてくれるわけで、役者がそれをちゃんとやってくれるようにすることかな。
映画って、役者が良ければ、ちょっとくらいストーリーがまずくても、もっちゃうところがあって。映画の魅力って、やはり役者じゃないかなぁ。
加瀬/ 李監督は、うまく伝わればいいんですが、優しさの使い方が上手いっていうか、現場ではキツいですよ。監督の要求はキツいですから。でも、こっちが出せるのを待ってくれるというか、出口で引き受けてくれる優しさがあるので、飛び込めるという、毎日が続いた現場でしたね。
李/ 役者が映画の魅力を左右するので、生の魅力というか、役者の生きている感じを見てくれれば嬉しいです。でもまあ、堅苦しく考えないで、ラフに見て、好きか嫌いかでいいんじゃないかなぁ。まあ後で、文句も何でも聞きます。(拍手)
加瀬/ 上映する前なので、映画については言うことはありません。本当に今日は、来てくれてありがとうございます。『スクラップ・ヘブン』をよろしくお願いいたします。(拍手)

■李相日監督、久保田傑プロデューサーによる、上映後のティーチイン
(要約 ※テープレコーダーの調子が悪く、一部欠落しているところもあります)


(赤字=キム・李相日監督青字=久保田傑プロデューサー)

かっこいい映画でした。日本でこういう感じの映画が出来るなんて思ってなかったので、本当に最高です。『69 sixty nine』から、今回への気持ちの切り換えはどうだったのですか。
別に切り換えてないんですけど、『69』はクドカン(宮藤官九郎)の脚本で、後ろに隠れていた村上龍さんの考えがでてきたので、面白くなって、自分の中では特別に違うとは思わないんですが、どうですかね(笑)
企画は『69』以前だったので、キャスティングなど進んでいて、問題はあったけど、『69』は言わばド素人の李に何億もかけてくれるので、いい腕試しになって、肩の力を抜いて良い作品に仕上がれば、と思ったら、逆に今回は力が入った映画になりました。
タイトルが『グレイハンド』から『スクラップ・ヘブン』に変わったのはなぜですか?(映画の)最後がスクラップとヘブンだからなのですか?
久保田さんが勝手につけてきたのですが(笑)。このキャラクターたちがうごめいているのは、アンダーグラウンドと言うか、いろんな単語を探していると“スクラップ”があって、真逆の遠くにある世界というのがもう一つあって、地球儀の平面図で両端にある二つと言うか。最後のシーンは好き嫌いがあると思いながら、最初は映画のカタルシス的に考えたんですけど、もっとリアルなことってなんだろうって。『69』の高校生なら突き抜けられたけど、30歳前後の僕らって突き抜けられなくて、それでも生きていかなければいけないっていうのがあって、それで。お客さんは不満かもしれないけど、ある意味真実かなと思ってます。
(テープレコーダーの不調により質問が聞き取れませんでしたが、加瀬さんについての質問と思われます)
先ほど(加瀬さんが)帰る前に「俺を見ろ!」と言って帰っていったんですけど、そんな奴ですからね。まあこの役は、彼しか浮かばなかったんですよ。
加瀬君はウソがないんですよ。切実さがあるというか。そういう面で、この主人公も世の中に対してある切実さがあって、だけどどうにもできないっていうのを、演ずるというより、本人の持っているものを引き出したいって。『69』の時は、あんな風に構えていたけど、でも一緒に酒飲んで話していると、熱いといか暑苦しいというか、何かすごく切実さがあって、そういう彼の本質みたいなところが、僕は結構いいなと思っていて、オダギリ君と並べると、マッチングがいいなと思って選びました。
私は今20歳なんですけど、監督が20歳の時にはどんなことを考えてたのかなと、映画を観て思ったんですけど。
20歳の頃って、どうしようもない時期で…大学生だったけど、何やってたのかなぁー(笑)。狭い在日社会から出たくて、大学行ったけど、それで(行ったことに)満足しちゃって、映画観て、草野球して、ほとんど学校行ってなくて。20歳の時に今日のこの映画観たら、なんだよって思っちゃうような生活してました。で、卒業の頃に、このままだとヤバいぞって思っても、何をやっていいのかわからなくて、ダラダラ過ごしてしまっていて。いい答えにならなくてすみません。
息する間もなく夢中で観ていました。3人の俳優にどのような演出というか要求をされたんですか。
後半は、引きずられていた加瀬君が動くようになるというか、それは考えていたんですけど、演出ですか。久保田さんどうでしたか。
監督の演出って、実はカメラマンとだけで、小さく集まって、そこでボソボソ話してるっていうか、密談風って言うかですね。他のスタッフに、全然聞こえないんですよ(笑)。
大声出すと疲れるんですよ(笑)。映画の現場って、監督が大声出すイメージあるじゃないですか。それ好きじゃないんですよ。
どう見えるかは、こっちがわかっているので、どう演ってもらえるかが問題なので、生の本人が出るかどうか。酒飲んだりして油断している時に、ああそういう風に考えてたんだと言ったりすると、生の反応が出るでしょ。オダギリ君と最初に会ったときって、阪本(順治)監督の新年会の時で、横に座ったのにあいさつしただけで、1時間くらい別に話してなくて。でもチラッと見たりしていて、気になっていて、そういう時の生身感って大切で。だから、(演技で)本人がどう変わるか、じゃなくて、どう本人の持っているものが出てくるか、なんじゃないかと。
役者って普段、スキを見せないですよね。でもオダギリ君とか加瀬君とか、李監督の前でスキを見せるんですよね。やはり監督を信頼してる。
オダギリ君も、いろんなことをやってみたいんですよ。でも崔(洋一監督)さんとかの前じゃ、出せないでしょ(笑)。却下されるというか。でも僕は、いろいろ出してみてほしいんですよ。いろいろやってみて、その中で、オダギリ君や加瀬君の生が出てくる、そこなんだと思ってます。
今までに見たことのない作品でとても新鮮でした。「想像力があれば世の中を変えられる」というシンゴの言葉がありましたが、その想像力についてのお考えを聞かせてください。
想像力というのは、シンプルなことで、映画の中でも言わせていますので、その通りだと思っているんですけど、欲を言えば、観たいろんな人が、それぞれに想像力を働かせてもらえればとは思います。言ってしまえば身も蓋もないようなことなんだけど、そんなシンプルなことなので…。
最後に、今日このキャンペーンでご一緒していて、一言だけご紹介したいことがあります。加瀬さんが「役者のプロってどういうことかな」とおっしゃっていて、「プロの役者っていうのは情熱を持ち続けることだよね。情熱がなくなって、うまく演ずるようになっていくことがプロになるように言われているみたいだけど、それは違うと思うんだけど」と、タクシーの中でお2人でボソボソと話されていたのですが。とても心に響く言葉でした。
いい言葉ですねー。