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『故郷の香り』特別上映にて原作者・莫言(モオ・イェン)さんと司会とのやりとりを要約して掲載しています。
(赤字=莫言さん)
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| 「故郷(ふるさと)」のイメージについて |
私の中にあるのは、美しい秋の日、トウモロコシの香りが漂っている風景が浮かびます。
かつてナポレオンは、目をつぶっていても、匂いだけで故郷を探すことができると言っていました。北海道は、サケが逆流して自分の生まれたところに戻ってくるといいます。魚はどうやって探すのでしょうか。やはり匂いが母なる川へと導くのでしょう。
人間ではなく魚でも、故郷への強い思いがある。
私の小説の中の故郷は、農村であり、匂いなのです。札幌は焼きトウモロコシの匂いだとすると、私の小説には焼きイモの話が多いので、焼きジャガイモの匂い=香り、でしょうか |
| ガルシア・マルケスに関心を持って、莫言さんの小説は魔術的リアリズムと言われているようですが、この評価について、どのように考えますか。 |
1980年以降、ラテンアメリカ文学がたくさん翻訳されるようになりました。その中に、ガルシア・マルケスもありました。その当時、外の世界を知らない中国の者にとって、衝撃的でした。
魔術的リアリズム="不可能なことを可能であるように描き出す"「百年の孤独」の中で、女主人公が殺されて、血が街の中を流れてゆく、ビルの中を通り、やがて最後に母の台所まで流れていく、という描写がありました。現実ではありえませんが、文学の世界では深く語ることができます。
日本文学の中にも――夏目漱石"猫についての話"もそう。マルケスを読んだとき、"しまった!もっと早くに手を打っておけばよかった"と思いました。私の故郷にはたくさんこのような話があります。もし、彼より先に僕が書くことができたら、僕がノーベル賞をとったかも知れません(笑) |
| 映画「暖 ヌアン(「故郷の香り」の原題)」はどうでしたか? |
この小説は"白い犬とブランコ"という短編です。創作している過程で、とても深い意味を持っています。
舞台は、高密県東北郷(コーミツトーホクキョ)の農村――私の生まれ育ったところです――そして、「紅いコーリャン」他、私のすべての小説の源なのです。
また、川端康成の魂に感謝しています。「雪国」の中で、"たくましい黒い犬が、流れている水を舌で舐めている"(原文:黒犬たくましい秋田犬が、そこの踏石に乗って、長いこと湯を舐めていた)という描写があり、これを読んで悟りました!犬でさえ小説に出てくると、初めて知ったのです。それで、私の小説の書き出しは、「高密県東北郷原産のおとなしい白い犬は、何代かつづいたが、純粋種は、もう見ることが難しい」となりました。
小説は1984年に書き、2002年に監督フォ・ジェンチイと日本の女性が2人やってきました。日本の女性は、「山の郵便配達」を観て、監督はこの本をとても美しく描くことができるので、ぜひ映画化したい、と言いました。が、中国政府は、なぜ映画にするのか、小説のこの中にはいい人はいない、女は目が片方見えず、男はヤーバ(聾唖)で、中国は身体障害者ばかりみたいではないか。と答えました。
そして、脚本は考慮され、修正されていきました。女性ヌアンは、目でなく足が悪い。ひとりの女性が3人の子どもを生むのは多すぎると言われ、1人の女の子に。こどもはヤーバではなく、かわいい、話し上手な子に。男性のヤーバは残す(その役は日本人の香川照之さんが演じました)。また、クライマックスが良くなるように変わりました。
監督と日本サイドとも相談し、涙にぬれる感動を、と思いました。映画が出来上がって、監督は映画を見ずに、私の後ろで、ずっと私ばかり見ていました。ラストで私が涙したとき、後ろで大きなため息が聞こえました。監督は私を見て、ホッとしたのでしょう。 |
| 日本人のヤーバ、香川照之さんについて |
| やや誇張した感はありますが、よく演じていると思いました。特にみなさんに注目していただきたいのは、キュウリを食べるシーンです。とても生き生きしていて、キュウリの匂いまで伝えてくれるように思いました。 |
| 今のお話で、莫言さんは原作だけでなく、映画にも深く関わっていることがよくわかりました。 |
| 今日映画をごらんになって、満足したらぜひ私に言って下さい。不満足な時は監督へ(笑)。 |
| 北海道へいらして、期待は? |
| 北海道は長く憧れていた場所です。猿と温泉に興味があります(笑)。 |
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